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2016.05.12
お知らせ「理事長の独り言 第13号」を掲載しました

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【第13号】 壊れてしまったASTRO-H「ひとみ」から何を学ぶのか?

 

                                  平成28年5月12日

 

(「ひとみ」は残念な結果に)

 去る2月17日に打ち上げが成功したASTRO-H(ひとみ)について、翌18日、「『ひとみ』で何が見えるのか?」のタイトルで、第11回の独り言を書いた。そこでは、これまでX線天文学で世界をリードしてきた我が国として、「ひとみ」は日本が主役の大規模な国際協力事業となり責任も重いので、未解明の宇宙のなぞを解き、宇宙誕生や生命の根源に迫ってほしいとの強い期待を込めた。

 しかし、去る4月28日、JAXAは「ひとみ」が、事実上壊れて機能回復することは期待できない状態にあるとし、衛星の復旧に向けた活動はとりやめると内外の関係者に謝罪する発表を行った。打ち上げからわずか2か月余りのことである。「ひとみ」で宇宙を見ることは不可能となった。その活躍に期待していた多くの人々には誠に残念な状況であるが、まだ結末を迎えたわけではない。JAXAの発表では、今後、今回の異常に至った原因究明に専念することとし、「ひとみ」としての設計/製造/検証/運用の各段階において今回の事態に至った要因を調査し、背後要因も含めた原因を徹底的に究明するとしている。つまり、壊れてしまった「ひとみ」から学ぶことがあるということだ。

 

(「ひとみ」が壊れた原因の推定)

 JAXAの本件発表資料によれば、衛星の構造的に弱い部位の太陽電池パドルが両翼とも根元から分離した可能性が高いという。補足説明資料によれば、姿勢制御系に問題があったことが明確である。同系が想定と異なる動作をし、衛星が回転していないのに回転していると自己判断したらしい。また、それを安全な状態にするためにスラスタを噴射したようだが、その制御パラメータが不適切で、どうも間違った指示をスラスタに与えたらしい。そしてかえって衛星の回転が加速し、遠心力で太陽電池が本体からちぎれたと推定されている。

 姿勢制御系がおかしくなっていたのは何故か、姿勢制御系に太陽センサーを使用しなかったのは何故か、スラスタの制御パラメータが間違っていたのは何故か、いろいろと疑問が湧いてくる。朝日新聞の報道でJAXAの責任者は「人間が作業する部分に誤りがあった。それを検出できなかった我々の全体のシステムにより大きな問題があった」と述べたとされる。原因究明や再発防止策の策定に当たって、技術だけに焦点をあてず、組織的な問題にまで踏み込むこの問題意識は大切なことだと思う。

 

(きく6号の打ち上げ)

 1994年8月28日だから、もう20年以上も前のことになるが、その日はH-Ⅱロケット試験機2号機により、技術試験衛星Ⅵ型「きく6号」(重量2トン)が打ち上げられた。きく6号は、宇宙開発事業団(当時:NASDA)、郵政省通信総合研究所、そしてNTTによる共同プロジェクトであり、1990年代における高性能実用衛星開発に必要な大型三軸衛星バス技術の確立を図るとともに、高度の衛星通信のための搭載機器の開発・実験を目指して開発された。この日の打ち上げは成功し、衛星は予定通りの長円軌道に投入された。種子島に視察に来られていた田中真紀子科技庁長官(当時)は、打ち上げの圧倒的な迫力と美しさに感嘆された。随行していた宇宙の担当課長だった私も、そばで長官の笑顔と興奮をみてほっとしたことを覚えている。

 

(きく6号の静止軌道投入失敗)

 しかし翌29日事態は急変する。きく6号は静止軌道への投入が目標だったが、まず衛星姿勢を検知するための太陽センサーに異常が見つかり、それはセンサーに送った指令に誤りがあったことが判明した。そのため静止軌道投入は30日に延期された。30日及び31日と2日間に渡り静止軌道投入を目標として、何度もきく6号の小型液体アポジエンジンに軌道修正のための噴射指令が送られた。しかし、同エンジンの燃焼圧力が予定の1割しか出ず、結果31日午後には静止軌道への投入が断念された。

 原因はアポジエンジンの液体の推薬(ヒドラジンと四酸化二窒素)の噴射量を調整するピストンが動かなくなったからだ。より正確には、ピストンをシリンダー(ケーシング)内で押さえているばねに横ずれを防ぐ機構がなかったため、打ち上げ時の不規則振動でばねの位置がずれ、真空の宇宙での強い摩擦も加わり、ばねがシリンダーの段差の角に噛みこんだ。そのためピストンが予定通りに稼働せず、推薬を送り込めなくなったのである。要はピストンを真っ直ぐに動かすシリンダー内のガイド部に設計ミスがあった。この判断は、田中長官の指示で宇宙開発委員会(当時)に設置された第3者からなる特別調査委員会の結論である。

 

(きく6号失敗の再発防止策)

 同時に同委員会は、再発防止対策として、①アポジエンジンの不具合にかんがみ、宇宙での摩擦や凍結の研究の推進のため、地上模擬試験の充実や宇宙での実証試験の実施、②太陽センサーへの指令ミスのような事態をさけるため、異なる関係者による点検を重ねる体制の整備、加えて③NASDAがアポジエンジンの設計ミスを見抜けなかったことに鑑み、NASDA内の開発体制の強化のため、同様の機構部品の設計や開発方針をチェックする部署の設置、などを提言した。原因の特定とこれらの提言は、1994年の9月初めから12月末まで、毎週一回精力的に開催された特別調査委での検討の結果であった。

 このうち、③の提言に関連して、国の開発機関であるNASDAは、本来システム・インテグレーターとして、プロジェクト開発全体の確実なマネジメントこそが最も重要な役割であると考えていた。従って、人員も限られているNASDAが、機構部品のような小さな部品にまで責任を負うことには組織的に無理があるのではないか、むしろ「ものづくり」のプロであるメーカにこそよりしっかりした体制で取り組んでもらうことが必要ではないかと思ったが、当時の諸情勢からやむを得ない提言だと受け止めた。きく6号には打ち上げ費用も含めて約700億円という膨大な国費が投入されていたことも背景にある。

 

(「ひとみ」から学ぶこと)

 「ひとみ」の原因究明や再発防止策の究明に当たって、きく6号のケースは多少の参考になるのではないだろうか。両者の打ち上げは成功した。しかし、軌道投入された衛星がその本来の目的を果たせなくなったという点で、「ひとみ」ときく6号は似ている。ただ、きく6号は、静止軌道投入には失敗したものの、衛星自体は壊れなかったために、長円軌道の下で、わずか1年程度ではあるが、米国衛星との通信実験など多くの先進的な通信実験に成功した。また、バンアレン帯外帯における放射線強度の変動という新知見の発見もした。きく6号の所期の目標が10年間の実験運用であったことから、極めて限られた有効活用であるとはいえ、関係者は努力したと言える。

 その点で、「ひとみ」は短期間でいわばバラバラになってしまったが故に、高度な観測装置を全く運用できず、誠に残念な結果になったと言わざるを得ない。その原因究明と再発防止策の検討に当たっては、設計プロセス、技術、人、組織、官民役割分担など幅広い観点から取り組んでもらいたい。教訓を今後の衛星開発に生かすことが何よりも重要である。

 「はやぶさ」の帰還や「あかつき」の金星軌道投入は、困難な状況からの脱出・克服を成し遂げたという点で、日本の宇宙技術の素晴らしさを示し、同時にJAXA等の専門家の不屈の忍耐、強い意志、技術力、専門知識、判断力という点で社会の称賛を受けた。当然だと思う。一方で、今回の「ひとみ」も含めて、宇宙空間において、衛星の技術的トラブルが続いているという見方もできる。トラブルに至る過程はそれぞれ固有の問題に収斂できるのか、それともそこには何らかの共通項もあるのか、この機会にJAXAや国の関係者にはそこまで思考の翼を広げて検証することも重要ではないかと指摘したい。

 

参考:

-X線天文衛星ASTRO-H「ひとみ」の今後の運用について(プレスリリース)(平成28年4月28日、国立研究開発法人宇宙研航空研究開発機構(JAXA))

-X 線天文衛星ASTRO-H「ひとみ」のこんごの運用に係る補足説明資料(平成28年4月28日、JAXA)

-JAXA:技術試験衛星Ⅵ型「きく6号」(ETS-Ⅵ)

-きく6号(フリー百科事典『ウィキペディア』)

-失敗百選~技術試験衛星「きく6号」静止軌道投入失敗~

 

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