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25年度開催結果


2013年 作文の部<小学生部門>入賞作品
国立天文台長賞

「宇宙の学芸員~過去と未来をつなぐ~」
北海道 むかわ町立穂別小学校5年  大宮 蒼子
 
 私の職業は、博物館の学芸員。新種の化石を求めて、あちこちさがし回る毎日だ。
 でも、普通の学芸員とはちょっとちがう。なぜなら、私が働いている博物館は、宇宙空間にある「スペース博物館」なのだから。
 スペース博物館は、宇宙空間でさい取した流れ星や、年を取って死んでしまった星の残がいなどをてん示している、宇宙空間にうかぶ博物館だ。
 てん示の中で一番人気の流れ星は、地球に落ちてしまう前に、進行方向を予想してさい取している。すべての流れ星を取ってしまうと、地球で願い事をしようと待っている人たちに申しわけないので、一年に二回特別てん示をする時だけさい取するようにしている。七夕の時期には、てん示が終わった流れ星を、再び地球に向けて落としてあげるのも私たちの仕事だ。この時ばかりは、地球に望遠鏡を向けて、ひっしにお願いをしているよい子をさがしてしまう。
 また、死んでしまった星の残がいをさい取するのは、最もきけんな仕事だ。年を取った重い星は、死んでしまう直前に大ばく発を起こすからだ。ばく発にまきこまれないように注意しながら、望遠鏡で様子を観察し、残された中性子星と呼ばれる小さな星を拾ってくる。中性子星は、ばく発の後すぐは青白く光っているので見つけやすいが、時間がたつにつれて暗くなってしまうので、目がはなせない。時にはてつ夜になることもある。でも、中性子星は星が一生を終えた時に残してくれる形見のようなものなので、大切に保管してあげたいし、スペース博物館のお客さんたちに、こんな星もあったんだ、ということをてん示を通して教えてあげたいと思う。だから、ねるひまがなくても、きけんが多くても、私はこの仕事が大好きなのだ。
 さて、私は最近、わく星に毎日出かけてあるさがし物をしている。それは、私たちが生まれるはるか前、想像もつかない位前に、わく星にいたかもしれない生き物たちの化石だ。
 なぜ、そんな大昔の、しかも本当に存在していたかもわからない生き物の化石をさがすのかって?
 それには、理由がある。私が小学五年生の夏のことだ。その時住んでいた、むかわ町の穂別という所で、約七二〇〇万年前の地そうから白亜紀後期に生息していたハドロサウルス科のきょうりゅうの化石が発見された。私はよく行っていた近くの博物館で、そのきょうりゅうの化石を見て、本当にびっくりした。見つかった化石は一三個で、しっぽの部分だけなのに、その長さは約一メートルもあり、きょうりゅうの体長は約七~八メートルもあるというのだ。
 人間より大きなきょうりゅうが地球に住んでいたなんて、五年生の私には想像もできなかった。でも、化石を調べてみると、きょうりゅうたちのくらしていた時のことがだんだんわかってきて、信じられなかったことも本当に思えてきたのだ。
 私は、スペース博物館で働いているうちに、もしかしたら地球以外のわく星にも、地球のきょうりゅうのような生き物の化石がうまっているかもしれないと考えるようになった。それから、毎日わく星に出かけては、山のしゃ面をけずったり、クレーターをほったりしている。
 私が、今一番注目しているわく星は、火星だ。火星は昔から火星人がいるとうわさされていた。それに、私はこの前、生き物たちにとって大事な水が流れていたようなあとを見つけたのだ。
 今日は、その近くを念入りにさがすため、特別にあのきょうりゅうを見つけた時に使っていたたがねとハンマーを穂別の博物館から借りてきた。化石はこわれやすいから、しん重にていねいに作業しなければならない。私は、小学生の時穂別の博物館で学芸員のお兄さんが教えてくれた言葉を思い出していた。
 しばらく作業していると、今まで見たことのない色の大きなかたまりを見つけた。私はそれをスペース博物館に持ち帰って調べてみることにした。
 おそるおそる、そのかたまりを割ってみると、なんと八角形の骨のようなものが見えるではないか。手がふるえる。私は深こきゅうして、再びたがねとハンマーを使いしん重に作業を進めた。やっとのことで取り出した白い八角形は、やっぱり何か生き物の骨のようだ。
 やったあ。やっぱり火星にも、生き物はいたんだ。さあ、これからもっといそがしくなるぞ。今日見つけた場所の近くには、まだまだこの生き物の骨がうまっているにちがいない。スペース博物館にてん示できる日を夢見て、私はうきうきしながら火星に向かった。

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