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24年度開催結果


2012年 作文の部<中学生部門>入賞作品
文部科学大臣賞

宇宙オリンピック、万歳!
宮城県 宮城県仙台二華中学校2年  鈴木 美紀
 
 今年は、四年に一度の宇宙オリンピックが開催される年だ。私は、宇宙遊泳の選手としてオリンピックに出場する。宇宙遊泳とは、無重力の宇宙空間の中で泳ぐようにして前に進むスポーツだ。障害のあるなし関係なく楽しめる競技なので、ノーマライゼーションの観点からも人気が高い。近頃は、病気や怪我のリハビリ医療でも注目を集めている。かく言う私も、この競技を始めるきっかけは祖父のリハビリ。今回チームを組むメンバーも、祖父を通して知り合った。
 技術が進歩し、スペースプレーンができたおかげで、宇宙に行くのがたやすくなった。やはり一番は、宇宙都市スペース・コロニー。テラフォーミングが進んでいて、宇宙服なしで過ごせるのだ。しかも、重力は地球の十分の一。この軽くて程よい重力がリハビリ環境には最適、床ずれの心配がなく介護も楽、と高評価を得ている。おまけにコロニー内は医師や看護師、栄養士だけでなく、宇宙作業療法士や理学療法士もいるので大変喜ばれている。私たち宇宙遊泳選手も、こうした最先端の技術の恩恵を受けている。より万全の体制で、オリンピックに臨めるからだ。
 さて、いよいよオリンピック開幕。スタジアムで行われた開会式では、それぞれの星の代表が行進。その数なんと百十二ヵ国、いやもとい百十二ヵ星! 盛大な開会式が終わると、私たちは栄養士特製のコスモドリンクで乾杯。さあ、いよいよ出陣だ。
「みんな、練習通りにやれば大丈夫よ!」
 私たちは、一人一人と元気に明るくタッチをした。マスクをしているせいもあり、やりとりは不自由が生じるが、ハイ・タッチ!で心は通じ合える。さあ、頑張ろう!
 スタートは、視覚、聴覚、体感からも分かるようにと花火が打ち上げられる。わがチームも視覚、聴覚、肢体に障害を持つ人が入る混合チームなので、この工夫には感激した。おかげで『姿も形も生まれ持ったものも違う』他の星の選手のスタートもバッチリだ。
「位置について、よーいスタート!」
(ヒューー、ドン!)
 予選が始まった。わがチームは初出場ながら、準々決勝、準決勝と勝ち進んで決勝に駒を進めた。ここまできたら祖父のため、応援してくれる全ての人のために金メダルが欲しい。私は、気づかぬうちに固くなっていた。
「位置について、よーいスタート!」
 各々の星の第一遊泳者は、一斉にスタートを切った。地球の第一遊泳者は、一位でバトンを渡した。しかし、続く第二、第三遊泳者とつなぐ毎に細かいバトンミス。遅れを取り戻そうと必死になって焦るほど、本来のフォームが乱れていく。もう、ダメかもしれない。
 私たちの強味は、素早く巧みなバトンパス。そこにミスがあっては、致命傷ともなりかねない。アンカーの私は、リズムに乗れないまま小差の四位でバトンを受け取った。
「もう、表彰台は無理だろう」
 もはや諦め半分で泳いでいたら、
「諦めるのは早い、最後までベストを尽くせ」遠くから聞き覚えのある声が届く。亡き祖父の声だった。祖父は脳梗塞のリハビリで宇宙遊泳に出会い、自暴自棄だった自分を変えた。そして、いつしかオリンピック出場を目標に、前向きに生きるようになった。
 祖父だけではない。遊泳場には様々な障害を抱えた方が、リハビリに励んでいた。弱虫で自分に自信が持てず、無気力だった私は、そんな祖父たちのひたむきな姿、上達していく姿を追うようになった。これが私の宇宙遊泳の原点、人生の転機となったのだ。
 しかし、祖父は二年前に力尽き、帰らぬ人となった。その祖父の意志を私が受け継ぎ、たくさんの練習を経て今ここにいる。
「諦めるな、諦めたらそこで終わりだ」
 また祖父の声が聞こえた。私は落ち着きを取り戻し、最後までやりぬくことを決めた。あっという間に三位の選手を抜かし、一、二位の選手にどんどん迫っていく。
「ガンバレ!」
 応援席のボルテージは最高潮に達した。
 ラストスパート――フィニッシュ、ゴール。掲示板に「一着・地球」の表示が出た。
「すごいよ、よくやったね!」
 諦めず、自分の力を信じて勝ち取った金メダル。スタジアム全体が、健闘を称えるスタンディングオベーションに包まれた。
「宇宙オリンピック、万歳!」
「宇宙遊泳、万歳!」
 私たちは、地球の旗を背負ってスタジアムを一周、声援に応えた。その後で、この広い宇宙のどこかから見守っているだろう祖父に向かい、私は大きく旗を振った。
「おじいちゃん、私、強くなったでしょ?」
 吸い込まれそうな銀河の奥から、祖父が笑ったような気がした。


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