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22年度開催結果


2010年 作文の部<中学生部門>入賞作品
(財)日本宇宙少年団理事長賞

宇宙を利用した未来の産業革命
茨城県 つくば市立並木中学校3年生  丸山 諒太
 
 「宇宙産の品物はないか、安くて質が良いんだが。」
 そんな会話が店を飛び交うようになって早五年。今や私たちの生活の中心は、宇宙産の品物になった。もちろん、以前と比較すると、地球環境も格段に良くなっている。しかし、その陰では多くの人の努力や苦労があるのだ。
 思えば十年前、時の宇宙開発担当大臣の一言がすべての始まりだった。
 「小惑星で産業を興してはどうだろう」
 この発言がきっかけで、プランはやぶさが始動した。プランはやぶさ、通称プランHは、小惑星で産業をやり、産品を地球に持っていくというものだ。この壮大な計画に、当時多くの人々は無理だと言った。しかし、プランHは施行された。丁度、毛利衛宇宙飛行士が初めて宇宙に行った五十年後の、二〇四二年九月十二日に。
 そんなことで、多くの研究者や学者が小惑星に移っていった。彼らは、種子島からそれぞれの持ち場へと向かった。この話は植物の研究をしていた私にとって、まったく関係ないように思えた。
 それから一年、人々の意識の中から、プランHは忘れられてきている。私がこの計画に携わるようになったのはそんな頃だった。詳しい説明も受けぬまま、私は小惑星へ向かった。小惑星二〇二〇 AE 「維新」直径約十㎞の星、比較的重力が強く、大気もある。二〇二〇年「はやぶさⅢ」によって発見された。地球から一時間、超高速ロケットによって、あっという間に着いた。
 星へ降りた。目の前に田畑が広がり、多くの植物が栽培されていた。
 「わずか一年でこんなに発展したか……。」
 私は思わずつぶやいた。すると、遠くの方から人がやって来た。その人は、この星の研究所長伊藤氏らしい。簡単なあいさつを済ませ、伊藤氏は私を案内してくれた。
 「水田にあるのは、“ホシヒカリ”という品種のお米です。」
 なるほど、稲穂が僅かに発光している。右の畑のジャガイモは、重力が若干弱いせいか、地下だけでなく、地上にも小さなイモが見える。他にも、ツルを巻かないキュウリ、妙に細長いレタスなど地球と違う形の植物が多い。
 私は、研究所に入った。今回私が呼ばれたのは、作物の不作についてだった。苔の発生が確認されており、苔が不作に関係あると見られていた。しかも、その苔は苔でも地球のものとは違うらしい。私はその苔を見に行った。確かに、違う……。地球の苔の形が変わったやつでもないと見た私は、しばらくそれを観察させてもらうことにした。
 翌日、その翌日と日数を重ねるごとに、苔は減っていった。そして、三ヵ月後のことだ。なんと、茸のような宇宙人がその苔を食べているではないか。その茸、いや維新星人は、テレパシーか何かでこう言った。
 「ワシハスロープベース。コノ星の人ジャ。」
 私も、心の中で自分の名前と、出身星を言った。すると、彼は言った。
 「開発ノセイデ、苔少ナイ。苔ヲクレ。」
 私は、その時改めて実感した。開発が野生の生物に大きな迷惑を与えていることを。そして、それはどの星でも共通であることを。
 私は、すぐに彼を研究室に連れて行った。そして、伊藤氏に言った。
 「苔は彼らの大事な食糧なんです。どうか畑の一部を、苔用の畑にして下さい。」
 「ワシラ、不作ノ原因分カル。苔アレバ何トカデキル。」
と彼も言った。伊藤氏は、星の面積のうち一aを苔用にすると言ってくれた。
 それからだった。米は発光が強くなり、地上のジャガイモも大きくなり、キュウリは太い茎が生え、レタスは縦にも横にも大きくなっている。気のせいか、色も以前より鮮やかになったように感じる。
 「おーい、元気にやっているか。」
 私は畑にいる彼らに声をかけた。彼らは、
 「元気ダ。ウマイ苔ノオカゲダ。」
と言った。彼らは、この星の環境と表裏一体をなしていたのだ。だから、彼らが弱ると星の土も弱る。不作の原因は、そこにあった。
 また、彼らは苔のお礼と言い、栽培の手伝いや星の見廻りもしてくれるようになり、宇宙規模の共生関係が生まれた。
 諸産業を星に移転することで安くて良い品物を作れるようになり、最終的にプランHは成功したのだ。それをきっかけに、宇宙人との交流も盛んになった。
 この先、宇宙開発がどのように進化していくのか誰にも分からないだろう。けれど、未知の銀河の人達とも交流し互いに助け合いながら暮らせるようになるのもそう遠くはない。そう思いながら私は小惑星・維新を飛び立った。今後の宇宙開発の飛躍と発展を信じて……。

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