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22年度開催結果


2010年 作文の部<小学生部門>入賞作品
(財)日本宇宙少年団理事長賞

宇宙を利用した未来の私!
群馬都 邑楽町立中野小学校4年生  前原 望里
 
 私の住むとなりの市に科学館があります。テレビの中の向井千秋さんが、
「信じていれば夢はかなう。」
「私の仕事場は宇宙です。」
と、言うのがかっこよくて、いつかは、私も言ってみたいなと思っていました。
 そして今、私も同じことを言っている。
「私の仕事場は広い宇宙!!。」
 イカロスは、すごかった。金星たんさく機イカロスは、高度三百から八百万キロのき道でほを広げ、太陽の光の力で進んだ。一周三十時間かけて金星にふく強風のひみつを見つけた。そのほかにも、たくさんの研究結果を送ってきた。宇宙のなぞがだんだんわかってきたのは、イカロスのおかげだからだ。それがあって今、私は宇宙の仕事場にいられるのだ。
 私は、小学校四年生の時「水」の勉強をした。もちろん地球の水のことだ。空が大好きな私は宇宙の水についても調べた。
 水は小さくならないので宇宙ステーションに運ぶのが大変なこと。
 五百ミリリットルのペットボトルが、ステーション内では三十万円ぐらいすること。
 水は私が思っているよりはるかに大切なものということがよくわかった。
 国語辞典で「水」をひいてみると、
 「水素とさん素からできた、色、におい、味のない液体。ふつうは冷たいものを指す。」と書いてあった。
 それから、「水素」「さん素」も調べた。
 この時から、宇宙でやってみたいことが、次から次にうかんできて、ワクワクしてきた。
 まず初めに、宇宙ステーションより百キロはなれた所に森ステーションを作った。大きなドームがたのものだ。木を植えても無重力で木がさかさまになったり、横になったり、うかんでばかりだった。それでもCO2(二さんかたん素)を地球から送ってもらうのに太いパイプをつなぐと、それまでバラバラだった木が、地球の方に根っこを向けてならんだ。まるで朝礼したときみたいに、きちんと整列している。ま法を使ったみたいでおもしろかった。
 次に水タンクステーションを作った。
 宇宙には、水のもとである水素が一番多いそんざいだ。
 宇宙から水素をすいこみ、森ステーションからさん素を送ってもらい、水を作ることができた。きいれにすき通った水は、じわじわっとしたかと思うと、じわじわした所から、「ポン」とはなれて、次から次にでてきた。水玉は、まんまるで、しゃぼん玉が、いくつもうかんでいるみたいに見えてきれいだ。二つの玉がくっついて一つの玉になり大きさは、いろいろあった。
「大成功だ。」
と、よろこんでいると、だれかわからない者が、まどからのぞきこんでいた。私には、すぐにわかった。
「宇宙人だ!!。」
 うれしくて、すぐにドアを開けてまどから「おいで、おいで、どうぞ、どうぞ中に入って下さい。」というジェスチャーをした。
 そう~と、ゆっくりと中に入ってきた。うれしくて、そばに行くと、いきおいが止まらず「ポン」と、ぶつかってしまった。いたくなかった。すぐに
「ごめんなさい」
と、あやまった。顔をあげてみると、人と同じような形ではなかったが、宇宙人の顔が笑っているように見えた。よかった。おこってはいないみたいだ。ほっとして、
「友達になりたい。」
 そう思って、あく手をしようと、手を出してみた。ドキドキした。少したって、手だか、足だか、しょっ角だかわからない手?が、のびてきて、私の手とあく手した。あったかくも、冷たくもなかった。さわった感じは、風せんに水をいれたときみたいに、とても気持ちよかった。ふっと手を見ると、宇宙人のあく手した所だけ色が変わっていた。いままで見たこともないような、キラキラとかがやいていた。ふしぎなことに、手をはなすと、もとの色になっていた。どうやら、だれかにさわったりすると、そこの色が変わるみたいだ。
 宇宙人とは、友達になり、ふしぎなこともたくさんあったが、いろいろ教えてもらった。
 今では、水タンクステーションの水を「きぼう」や地球に送ったりしている。森ステーションは、二つにふえた。私は、友達になった宇宙人に、宇宙語、星語を教えてもらって通やくみなたいな仕事をしている。
 最近では、初めて会う宇宙人に、
「私の出身星は、あそこで、青くかがやいている星、地球です。」と、むねをはって言っている。 もちろん宇宙語で。


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