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21年度開催結果


2009年 作文の部<中学生部門>入賞作品
国立天文台長賞

「近くて遠い、おつかい」
岩手県 岩手大学教育学部附属中学校1年生  三船 恭太郎
 
 ニョキリと葱の出ている袋を持って商店街を歩くのは、中一男子としては、ちょっとカッコ悪い。福引にひかれ、母に頼まれたおつかいを引き受けてしまった自分を恨んだ。誰かと顔を合わせないうちに、さっさと帰らなくちゃ。僕は時折威勢よく、カランカランと音が聞こえてくるテントを目指した。
 一等…トカラ列島・皆既日食見学ツアーご招待。二等…天体望遠鏡。三等…宇宙の図鑑。今年は日本で四十六年ぶりに皆既日食が見られる年。福引の景品もそれに合わせたものだ。
 テント近くのプラタナスの葉から覗く、青い空と太陽が眩しい。木漏れ日が僕の足元でチロチロと揺れた。そう、日食のときは、この木漏れ日だって、太陽の形になるらしい。トカラ列島に行き、皆既日食を見てみたい。
 ようし!僕はテントの中のおじさんに、レシートを差し出した。「おっ、少年。おつかい? 偉いな。どれどれ? 牛肉、豆腐、ネギ……。いいなあ。夕飯はすき焼きだな? おっと、失礼。ええと、二千円以上だから福引は一回だね。」僕は頷き、ハンドルに手を掛け目を閉じ、ゆっくりと回した。「あれ?」おじさんがすっとんきょうな声を上げた。あれ?って何?恐るおそる目を開けると、台の上にうす緑色のこんぺいとうのような玉が落ちていた。
 「どこから紛れ込んだんだろう?さあ、もう一回……」僕は、おじさんの声を聞きながら、その玉をつまみ上げた。ひんやりと冷たく、大きさの割には、少し重い感じがした。そして、見る角度によっては、星形のようにも見えた。何気なく陽にかざすと、星形の玉を通して見える太陽が、まるで部分日食のように少しだけ欠けて見えた。
 まさかね。驚いた僕は一歩後ずさりした。ドンッと『誰か』にぶつかってしまった。「あっ、ごめんなさい。」僕の声と『誰か』の声が重なった。しかも、全く同じタイミングで。
 よろけた僕の手から、玉が転がり落ちた。慌てて拾い上げ顔を上げると、丸い太陽が目に飛び込んできた。ああ、やっぱり気のせいだったんだ。プラタナスの葉の間、青い空から覗く太陽はどこも欠けてなんかいない。けれど、僕の頭の上には青い空……ではなく、青い海が広がっていた。テレビで見たことのある、海の底から上を見た時の映像そのものだった。目を何回も瞬いたが変わりはなかった。プラタナスに見えた緑色は、ユラユラと海面を漂う海藻だ。そして極めつけは、今、小さな魚の群れが僕の頭の上を泳いでいったこと。でも僕は普通に呼吸をしている。ここはまるで巨大な水族館のようだ。
 「さあ、もう一度回してごらん。」おじさんの声に我に返った。おじさんはさっきまでと、なんら変わった様子はなく、驚いている僕に気がつきもせず、テントから身を乗り出し、「夕方になって水路が混んできたな。」と話した。おじさんの視線を追った僕は、腰を抜かしそうになった。僕が立っている場所の両脇は、直径十メートルはある透明なパイプが見渡す限り続いていた。中は水で満たされ、そこにいくつものカプセル状の乗り物が浮かんでいる。三、四人乗りの物、バスのように大人数が乗っている物と、様々だった。ラッシュの時間帯なのだろう。浮かんでいるように見えたカプセルは水に押され、次から次と僕の前を過ぎていった。時間や混み具合により、水圧が調整されているのかもしれない。
 僕の知っているラッシュ時にありがちな、ドライバーの鳴らすクラクションの音や、排気ガスの匂いは、ここにはない。深く息を吸い込み空を……いや、海を仰いだ。海面から見える太陽を、ゆっくりと黒い影が覆っていった。それは、皆既日食ではなく、悠々と泳ぐマンタのような大きな魚の影だった。
 手の中の星型の玉を再び陽にかざした。玉の中から見える太陽は……。果たして、欠けていた。また?僕はさっきと同じように一歩後ずさりした。ドンッ。「あっ、ごめんなさい。」ぴったり重なった、『誰か』と僕の声。手から落ちた星形の玉が、遠くへ転がっていく音。
 「おお、おめでとう。三等、出ましたぁ。」
 おじさんの声と、カランカランと陽気に鳴る鐘の音に驚き台の上を見た。台の上には、まるで小さな地球のような青い玉が乗っていた。「少年、これでしっかり勉強しろよ。おじさんから手渡された、宇宙の図鑑を片手にテントを出た。辺りを見回したが、転がり落ちた星形の玉は見つからなかった。見慣れた商店街が、夕焼けで茜色に染まっていた。
 貰ったばかりの、宇宙の図鑑を読みながら歩いた。『平行宇宙』という文字が目に飛び込んできた。僕たちの見ることの出来る、四百十光年よりも遠い場所にあるかもしれない別の宇宙。僕はさっきそこに?そして『誰か』も、今日の夕飯はすき焼きなのだろうか。おつかいもたまにはいいもんだ。袋から飛び出した葱の影が、茜色の道に長く伸びていた。

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