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19年度開催結果


2007年 作文の部<中学生部門>入賞作品
(財)リモート・センシング技術センター理事長賞

「月の匠(たくみ)」
札幌市立手稲中学校3年生  菅原 紗也香
 
 「ほんとは、気乗りしないんだよなぁ。」
 ギャラリーに掛かる『月の匠・二人展』の文字の前で、思わず僕は、ため息をついた。憧れだった『プラネット・ウィークリー』の記者にやっとなれたというのに、初めての取材が、こんな小さな展覧会だなんて。最新の宇宙科学も惑星の情報も、ここでは期待できそうにない。それに“匠”といえば、頑固で気難しいと、だいたい相場が決まっている。
 僕は深呼吸をひとつして、そっと扉を押した。
 土を探し求めて六十年、たどり着いた先は月だった──そんな言葉のむこうに並べられた数々の皿や器は、どれもが暗く沈んだ色をしている。“わび”とか“さび”とか、そういうことにはとんと疎い僕だが、少しざらついたような深い色合いには、心が引かれた。不思議な趣き、とでもいうのだろうか。
 これは、けっこうおもしろそうだ。でも、どこに月とかかわりがあるというのだろう。
 ひときわ大きな一枚の皿に、僕が目を止めたときだった。
「月焼きも、いいもんじゃろ。」
 きげんのよさそうな声が、となりから聞こえてきた。
「あなたが、これを?」
「ああ、かぐや姫から、月の土をちょっと分けてもらった。」
「えっ?」
 驚く僕に顔をほころばせながら、匠は取材に応じてくれた。なんだ、ちっとも気難しくはない。
 皿や器は、確かに月の土でできているらしい。日本が月へ送りこんだ探査機『かぐや二号』が、持ち帰ったものだ。
「暗い空に、月はぺたりと張りついて、わしらを優しく照らしてくれる。だから、この土で小さな月を作りたかったのさ。」
「こんなに黒いのに?」
「そう、月はもともとさびしい星なんだ。でも、こうすると……。」
 いぶかしがる僕を横目に、匠は、一枚の皿をほのかな明かりで照らし始めた。すると、どうだろう。淡く光る満月が、ぽっかりと浮かび上がったじゃないか。
「おおっ。」
「月の土は、なかなかの役者なんじゃよ。」
 くしゃくしゃの笑顔は、どこか誇らしげで、本当にうれしそうだ。
「おいおい、忘れてもらっちゃ困るなあ。」
 振り向いた僕の目に入ったのは、声の主ではなく、一体のロボット──いや、どこか懐かしさを感じるカラクリ人形だった。
「茶運び童子!」
「うん、めんこいだろ。それに、月焼きといえば、これに限る。」
 そう言って現れたもう一人の匠は、人形の手にある小さな器を、にんまりと指差した。
「杯(さかずき)のいわれを知ってるかい?」
 どうやら、酒に映った逆さの月から“さかづき”ということばは生まれたらしい。カラクリの匠は、この言い伝えが、いたく気に入っているようだ。
「まずは、月見酒。そして、いつか月に行く日が来たら、これで乾杯だ。どこの国の人間だって、ふるさとの星をながめながら飲んで食べれば、仲良くなれるというもんさ。ワハハハハ……。」
 こう豪快に笑う匠の一番の夢は、カラクリ人形を月で役立てることだという。
 高山祭、浄瑠璃人形……古くから日本に伝わるカラクリは、もちろん、電気も燃料も使わない。僕が幼い頃に見て、あまりの精巧さに驚いた、あの博物館の数百年前の時計だってそうだ。エネルギー資源の乏しい月には、きっとこの“ワザ”は生かせるにちがいない。
「実は、宇宙ごみとやらで作ってみようと、思ってな。」
「ん!?」
 やっかい者のデブリでカラクリ人形だなんて、いったい誰が考えつくだろう。
「なにしろ、もったいないからなあ。」
「そうそう。宇宙に無駄はない。」
 もしかすると僕は、大きな勘違いをしていたんだろうか。最先端の宇宙科学といっても、もとは、不思議を楽しもうという遊びのこころから生まれたものだったのかもしれない。着々と建設が進む月面基地だって、千年以上も昔から培われてきた日本の“ものづくり”の伝統が、支えているはずだ。
「さてと、こんどは火星の土に挑戦するかな。朱色のいい湯呑みができそうだ。」
「それじゃ、こっちは火星の砂嵐にもビクともしないカラクリだ。お互い、まだまだ若い者には負けられん。アハハ……。」
 あっぱれ、匠の心意気! おかげで、いい記事が書けそうだ。子どものようにはしゃぐ二人の声を背に、僕はギャラリーを後にした。

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