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19年度開催結果


2007年 作文の部<小学生部門>入賞作品
文部科学大臣賞

「大いちょうの夢」
安中市立安中小学校4年生  小板橋 歩時
 
 二千七年六月二十九日、十歳の誕生日をむかえたその日、ぼくは不思議な体験をした。校庭の大いちょうが話しかけてきたのだ。
「私達じゅ木は、地球で一番長生きな生物です。私もここに、百年以上立っています。でも、これまでたくさんの種子が旅立ったのに、まだ誰も月までは行っていません。いつか月に行く日を夢見ながら、毎日空を見上げているんです。」
 その夜、月の観察の宿題をしながら考えた。「もし月に小学校があったら、地球の観察をするのかな」「もし水や酸素があったら、月の森にはどんな虫が育つんだろう」「修学旅行はどこに行くんだろう」と。
 大いちょうの夢を実現する。次の日からぼくは、「ある計画」の実現をめざして大いそがしとなった。
 ぼくの立てたある計画とは、「微生物の力で、月を水や酸素でいっぱいにすること。」総合の授業で、しょう油倉と浄水場を見学した経験から思いついた。
 プクプクプクっとこう母菌が音をたててるしょう油倉で、しょう油作りの名人は言っていた。
「おいしいしょう油を作るために、私は毎日微生物の声を聞いています。私はまだまだですが、前の名人は微生物と話をしていましたよ。」
 と。浄水場では、微生物の力できれいになった川の水をゴクゴク飲んだ。おいしかった。
 微生物はすごい。そんな微生物と話をしている人がいることを知ったのがきっかけで、ぼくはこの計画を思いついた。
 まずは、しょう油つくりの名人に弟子入りして「微生物語」をマスター。微生物がどの位いると、どの位の水をきれいにできるのか、微生物の働きぶりを浄水場でチェック。おばあちゃんが作っているぬかづけやふ葉土で、微生物が増えやすいかんきょうも分析。微生物と話し合いながら、いろんな研究をし、ロボットの開発も続けた。
 それから十五年たった二千二十二年六月、ぼくはついに月へ飛びたった。
 月に着くと、ぼくはまずロボットの中から、「ほりほりモグラ」を取り出した。ほりほりモグラは地面をほりながら月にエネルギーをあたえるロボット。月を水や緑でいっぱいにするには、月の元気回復が大切だ。
 ほりほりモグラのスイッチをONにして、ぼくは宇宙船に乗ってひなんした。二時間後、月のマグマが動き出し、「アルタイル山脈」や「アペニン山脈」が大ふんか。月は死んでなんかいなかった。ガスやけむりが月の周りをとりまいて、いなずまが光り、まっ黒な空から大雨がふってきた。たちまち月のクレーターが水でいっぱいになり、「静かの海」や「雲の海」が本当の海になった。
 いよいよ微生物達の出番だ。最初は水と太陽エネルギーから酸素を作る微生物。それと体によくないガスや物質をとりのぞく微生物を海に送りこんだ。一週間後、地球と同じ位の酸素ができて、オゾンそうもできてきた。ぼくは、宇宙服をぬいで外に出た。おもいっきり深呼吸した。地球よりも美味しい空気。
 次は、海水を飲み水に変える微生物や、岩や砂を土に変える微生物に活やくしてもらう番だ。ぼくはその間に地球にもどって、おばあちゃんの育てている花や木の種をとってきて、できあがった土に植えた。そして、植物に栄養をあげる微生物、落ち葉をくさらせる微生物、土をやわらかくする微生物と、次々に微生物に出動してもらい、あっという間に、月は水と酸素と緑でいっぱいになった。月からながめる地球はとってもきれいだ。
 ぼくは、しょう油作りの名人と小学校の校長先生をしょうたいした。名人は、
「微生物は、かんきょうによってどんどん変わります。月で、どんな味のしょう油ができるのか楽しみだ。」
 と言った。校長先生は、大いちょうの子ども達を月の北極に植えながら、
「ここに、月で最初の小学校をたてようと思います。」
 と言っていた。百年後、月の大いちょうとなった時、今度はどこに行きたいって言うんだろう?
 ぼくは、月の小学生達が修学旅行に行けるよう、月で新しく生まれた微生物達といっしょに、土星に向おうと思う。


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