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18年度開催結果


2006年 作文の部<中学生部門>入賞作品
国立天文台長賞

「レンズのむこうに宇宙が見える」
札幌市立手稲中学校2年生  菅原 紗也香
 
 きっかけは、博物館でのぞいた顕微鏡だった。どこにでもありそうな黒い薄っぺらな石のかけらが、偏光レンズのむこう側で大変身するようすに、幼い僕は目をうばわれた。
「あっ、銀河だ! 宇宙だ!」
 オレンジ、緑、瑠璃色、黄色……。まぶしいくらいの美しさに、僕は、思わずさけんでいた。
 確かに、レンズの先に見えるのは小さな世界にちがいないのだけれど、それはもう、果てしなく広がる宇宙を思い描くのには、十分な大きさだった。
「なんだか、ちっとも変わってないなぁ。」
 すっかり白くなった頭に手をやりながら、ニガ笑いする。
 ここ、SUBARU宇宙天文台で僕が働くようになってから、まもなく四十年。いよいよ職場を離れる日も近いというのに、探査機が持ち帰った彗星のちりを分析するときの興奮は、あのころの少年のままだ。
 そういえば、ポケットいっぱいに石ころを詰めこんで、洗たくのたびに叱られたっけ。空の青さは地面のサファイアの色が映っているからという、どこかの国の昔話を聞いたときにも、確かめずにいられなくて、庭の土をほじくった。
 そんな僕だから、石には地球の歴史がギュッと詰まっていて、もしかしたら、太陽系が誕生した四十六億年前の秘密も閉じこめられているかもしれないと知った日には、たいへんだった。
「よし、石の科学者になる。地球だけじゃなくて、いろんな星のかけらを調べて、宇宙の謎にせまるんだ。」
 いま思い出しても、顔が赤くなりそうな固い決意だった。
 SUBARU宇宙天文台は、地球と月のラグランジュ・ポイントに建設された科学ステーションの中核で、ここには、世界中の知恵と技術と協力とが集まっている。ありとあらゆる宇宙の情報が飛び交う中でしごとができるなんて、僕はほんとうに幸せ者だ。
 巨大な望遠鏡には、新しい星の生まれる瞬間が、今日も映し出されている。まもなく死をむかえる星のあやしい光、ぶつかり溶け合う二つの銀河……。宇宙でくり広げられるドラマは、ワクワクのしどおしだ。太陽系の外側に、地球によく似た惑星を発見したときのあのどよめきといったら、ステーション全体が揺れるほどだった。
 顕微鏡の中も、もちろん、驚きの連続だった。
「未知の物質は含まれていないだろうか。生命のもとになるようなものは?」
 レンズをのぞきこむ僕の目は、いつも少しだけ不安で、でも、それ以上に新しい発見への期待にあふれていた。
 そして三十年前のあの日、探査機『HAYABUSA III』が運んできた小惑星のかけらが、地球の運命に大きな影響を与えたのだ。
 そもそも、この科学ステーションは、まったく別の目的で作られたものだった。つまり、人間が宇宙に移り住むためのコロニー。その第一段階だった。
 あのころ地球は、とても深刻な環境問題をかかえていた。なかなかふさがらないオゾンホール、広がる一方の海洋汚染、温暖化に拍車をかける二酸化炭素や有毒ガス……。いつかは地球からの脱出を本気で考えなければならないという状況にまで、追いこまれていたのだ。
 顕微鏡でしか見えないくらいの小惑星のかけらから、僕が取り出したのは、それまで見たこともない鉱石とバクテリアだった。
「地球の環境を取りもどすために、利用できないだろうか?」
 無謀ともいえる大きな賭けだった。けれども、研究者たちの必死の努力は実を結び、やがて地球は、少しずつ息を吹き返していった。
 宇宙からやってきたバクテリアや鉱石が、有効に働いてくれたから、というだけではない。なによりも、世界中の人々の考え方が大きく変わったのだ。あきらめずに、真剣になったのだ。
「生命の故郷・地球は、わたしたちの手で守ってみせる!」
 この思いは、これからもずっと貫かれるにちがいない。なぜなら、人間は、そう捨てたものではないのだから……。
 窓の外には、青く輝く地球が見える。たくさんの生命を乗せて回る、こんなにも美しい天体は、はたして、ほかにあるのだろうか。
 天文台を退いて、ふるさとの街にもどったなら、僕は、宇宙の不思議と人間のすばらしさを子どもたちに伝えたい。いつかやって来るかもしれない、はるか彼方からの旅行者に胸を張って、こう言えるように……。
「ようこそ、わたしたちの美しい星へ!」


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