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16年度開催結果


2004年 作文の部<中学生部門>入賞作品
文部科学省国立天文台長賞

「かけがえのない地球を……」
茨城町立明光中学校2年生  秋山愛美
 
  「間もなく中央広場において、第二十三回宇宙フェスティバルの開催式をはじめます。」アナウンスが流れ、タリセ平原の中央広場にぞくぞくと宇宙人たちが集まってきた。
この宇宙フェスティバルは、地球時間で言うと四十年に一回開催される、宇宙の大規模なイベントだ。地球が参加するのは今回が初めて。向こうのほうから誰かが歩いてくる。「やぁ、久しぶり。」キパだ。彼はアンドロメダ銀河からきた、私の親友だ。キパと知り合ったのは、このフェスティバルが太陽系で行われるというのがきまった年のこと。あの頃私たち人類はやっと銀河から銀河への移動技術をモノにした。ほかの生命体からは遅れていたが、私たちの地球は豊かな自然に囲まれた美しい星として有名だった。観光しにくる宇宙人もたくさんいた。そんな時、キパから私に向けて電磁波メールが届いたのだった。
 中央広場はもう宇宙人でいっぱいだ。「君、なんでそんなに耳が小さいのかい?」早速質問された。と、私が口を開く前に「地球は大気が充分にあるから、音が伝わりやすいんだよ。」とキパが答えてくれた。その宇宙人は「なるほど、音の振動をすぐキャッチできるから耳が小さくても大丈夫なんだね。」と納得していた。キパはもの知りだ。さっきの人ははくちょう座の方向から来ていて、その人の星は大気が薄く、音が拡散されて聞こえづらいのだそうだ。皆、外見は全く違う。それぞれ違う環境の中で生きていて、自分の住んでいる所に合った風に進化してきたからこんなにも体や顔つきが違うのだろう。それでもどことなく、共通性を感じるところがあった。
 「君は地球人だよね、軌道エレベーターはどこにあるのかい?」「あぁ、あっちの方向に歩いていって十分くらいするところに設置してあるよ。透明だからわかりづらいかも。」「ありがとう。それにしても、地球は本当にきれいな星なんだね。うわさの通りだよ。」こう言われると、私は誇らしげだった。住む場所も違う仲間たちとこんな風に交流できて楽しい。軌道エレベーターはこのフェスティバルのために完成させた、一つの乗り物だ。惑星の重力と遠心力を利用して簡単に隣の惑星までの移動ができる。ただ、太陽系の景観を守るよう、透明につくられている。中に入るとまるでチューブの中に吸い込まれるような感じだ。
 「さぁ、土星へ行こうよ。」私とキパは遊歩道でいくことにした。「歩道」といっても、エスカレーターのようで、あっという間に火星と木星の間の小惑星帯を通り抜けてしまった。ミニ運動会、天王星と土星の輪のすべり台レース、オールトの雲では小惑星飛び移り競争、クイズ大会……。本当、この一日は楽しかった。閉会式は冥王星で行われ、皆観光しながら自分たちの星へと帰っていった。みんないい人ばかりだった。
 キパと私は遊歩道でゆっくりと地球へいった。前、キパにコスモ星の百年前と今の写真を見せてもらったことがある。彼の星、コスモ星は地球と環境が偶然にもよく似ていて、以前は地球とうり二つの星だったという。以前は……。その星は、少し、地球より文明が進んでいて、環境問題など今の地球と同様に深刻な問題もあった。コスモ温暖化、森林伐採、ゴミの問題……。だが、コスモ人がその問題の深刻性に気付き、立ちあがった頃はもう手遅れだった。かつては今の地球のように緑溢れる、美しい星だったコスモ星も、わずか百年で今ではやすらぎの自然もなく、人工に頼らずにはいられない銀色の星へと変わってしまった。そんなことを彼から聞いた。
 私は悲しくなったし、コスモ星はそう遠くない未来の地球の姿をそのまま表しているようで怖かった。
 それからだ。私たち地球人は自分たちのおかしたあやまちと、壊し始めていた地球というかけがえのない星を守らなければならないということに気付き、行動し始めたのは。コスモ人も全面的に協力してくれた。
 そして、今。私たちは何事もなかったかのように、毎日をくらしている。何よりも変わったのは、みんながみんな自身をこの星に生まれた生命の一員と意識するようになったこと。
 コスモ星の存在がなかったら、今の地球はどうなっていたのだろうか? 「キパ、本当にありがとう。」地球へと続く遊歩道で私は彼にお礼を言った。そして、目の前にある地球を見ながら、キパは「この美しい星に住んでいる君がうらやましいよ。」と言った。
 遥かなる時間の流れの中ではぐくまれた地球の自然。その自然、この地球(ほし)を地球人としての誇りをもって、これからもずっと、ずっと大切にして生きてゆきたい。そう私は心から思った。


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