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16年度開催結果


2004年 作文の部<小学生部門>入賞作品
日本科学未来館館長賞

「宇宙フェスティバル-未来の平和に向けて-」
交野市立妙見坂小学校5年生  岡田哲志
 
  ピンポーン、速達です。朝ぼくの家に郵便が届きました。宛て名は「子供国連代表、岡田哲志様」となっていました。さっそく封を開けると、第十回宇宙フェスティバルの招待状が入っていました。他にも、講演のお願いというのも入っていました。その内容はこんな感じでした。
 「この度、フェスティバル第十回を記念して、特別講演会を開催することになりました。今地球は大変美しく平和な星です。でもあなたもご存じの通り、こういう風になるまでは、たくさんの努力が重ねられたと聞いています。この姿はこれからの宇宙の理想となるでしょう。ぜひこれまでの地球の苦労と努力をお話しいただけたらと思います。場所はこの地球でとお願いしたいと思います。……以下略」というものでした。ぼくはもちろんすぐOKの返事を出しました。
 ぼくは何日もかかって話すことを考えました。あっと言う間にその日はやってきました。ぼくが会場に行くと、もうたくさんのいろんな宇宙人が来ていました。その中には、その地軸と同じように変わり者で有名な天王星人もいて、何か文句を言われるのではないかとヒヤヒヤしました。開演前、おとなりの星の金星人と火星人が手をふってくれたりしましたが、どこかの星の宇宙人はこんな子供がとうさんくさそうに見ていたりして、ぼくはドキドキときん張してしまいました。
 さあ演説です。ぼくは木星人の合図でぶ台に出ました。そこにはみんなが子供の小さい姿を見ることが出来るようにと、ちゃんとふみ台も用意されていました。木星人らしいなとうれしくなりました。ぼくは一息ついてコップの水を飲み、話し始めました。話し始めると、周りの宇宙人も気にならなくなって、落ちつきを取りもどしました。
 「みなさん今日は、ぼくの話を聞きに来て下さってありがとうございます。実はぼくのような子供が代表なんておかしいと思われるかもしれません。でも今の地球では全てが子供中心なのです。それでは、昔の地球のことをお話しましょう。その頃、地球は戦争ばかりしていました。その度にたくさんの子供が親をなくしたり、ケガをしたり、もちろん死んでいったりもしました。でもその戦争は子供が決めたのではありません。いつも大人が決めるのです。みんなはぎ問を感じ始めました。そしてこう言いました。『子供たちばかりが、ぎ牲になるのはおかしいじゃないか!! 子供だって命を持ち、地球に生きている人間なんだ』そう言って立ち上がりました。それをよびかけたのはぼくのおじいさんのそのまたおじいさんです。これが地球子供国連の始まりになりました。もちろん最初からうまく行ったわけではありません。手助けをしてくれた大人もいれば、逆に子供に何が出来るもんかと反対する人もいました。そのため子供国連が動き出すには二十年ぐらいかかりました。子供国連に入れるのは十八才までです。ぼくのおじいさんのそのまたおじいさんは代表にはなれませんでしたが、その思いはずっと子供たちに受けつがれて行ったのです。こうして地球では全てのことは子供国連で決定されなければだめになりました。今の地球は子供中心の星です。もうこの地球で悲しい思いをする子供は一人もいません。しかも、子供たちがかん境問題に取り組んだおかげで、無くなりかけていた緑ももどって来ました。今地球はどの星よりも美しく、平和な星です。今日はせっかくこの地球に来ていただいているので、ぜひこの星を見て帰って下さい。ぼくの話が本当だと分かると思います。そしてこれからの宇宙が、平和な星ばかりになるよう願っております。ぼくの話はこれで終わりです。宇宙人のみなさん今日は本当にありがとうございました。それでは後は楽しいフェスティバルの時間をお過ごし下さい。さようなら。」
 そのとたん会場には、割れんばかりの拍手がひびきました。そしてたくさんの宇宙人が次から次へと握手をしに来てくれました。その中には変わり物の天王星人もいたのです。ぼくはちょっとびっくりしました。ぶ台から降りる時は、体の大きな木星人がだきしめてくれました。こうして第十回宇宙フェスティバルは大成功に終ったのでした。
 しばらくしてフェスティバルの代表者からまた手紙が届きました。そこにはみんながぼくの講演にとても感動していたというお礼と、温泉好きな水星人と金星人からの温泉チケットが入っていました。太陽に近いのでちょっと熱いけど水星のかがやくような水晶の湯もいいし、金星の金の湯もいいなと今迷っている最中です。今度の夏休みに遊びに行こうかな。おっとその前に宿題をしなければ……。


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