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13年度開催結果


2001年 作文の部<中学生部門>入賞作品
(財)日本宇宙少年団理事長賞

「ひいおばあちゃん」
西仙北町立東中学校2年  須藤 駿
 
 「あっ、おばあちゃん、入れ歯!」
 「補聴器も外さなきゃ。」
 スペースエアラインか286便出発三十分前。僕たちは、少しあわてた。今年百三歳を迎えた我が家の曾祖母は、いつもと変わらずマイペース。出発のショックで、入れ歯が飛び出したら大変だもんね。
 「ふぁっ、ふぁふぁふぁふぁ。」
 「ひいばあちゃん、これから月に行くんだよーっ。」
と弟の嶺が、曾祖母の肩を軽く叩いて、耳元で怒鳴った。
 「あぃやーんだかぁー。なははは。」
 明るい返事と屈託のない笑顔は、全く普段と変わらない。僕は、個人ブースの中で緊張して心臓がバクバクしているっていうのに。こういうのを悟りの境地って言うのかな?
 話は、地球暦四ヶ月前にさかのぼる。弟の描いた絵が『月となかよし観光キャンペーンコンクール』で、なんと、最優秀賞を受けてしまったのだ。副賞は“御家族(年齢制限無し)全員を月旅行に御招待”というものだった。
 「やったー、俺、宇宙飛行士になるんだ。」
と弟は大はしゃぎ。母は、
 「本当にタダなんでしょうね?」
 「ようし、クレーターコペルニクスの石を拾って来るぞ。」
とはりきるのは、昔、大学で地質学を専攻していた父だ。
 「それで、なんぼ日かかるもんだべ。お寺をどんだけ空けることになるって。」
 面食らいながらも、満更でもないのが、祖父と祖母である。
 我が家は、仏教寺院。科学が発達した現在でも、宗教は消滅していない。どんなに物質的に豊かになっても、人間の心は悩んだり苦しんだりする。人が、精神的な幸せを求め続ける限り、僕達の仕事は、大きな意味を持つ。
 祖父、父、そして僕は僧侶である。家族は八人。祖父の妹は通称“おばちゃん”。
 「ええっ、大おばあさんを連れて行けるわけないでしょ。何歳だと思ってるの!」
 おばちゃんの一言に、一瞬みんな固まってしまった。高齢者と呼ばれていた六十代、七十代の男性が宇宙に行ったのは二十一世紀に入ったばかりのころ。それに比べれば、今の宇宙旅行は、はるかに安全で快適になっている。だが、年齢制限無しの御招待とはいえ、さすがに百歳代は前例が無い。
 「あやーんだがー、ありがとさん。」
 旅の是非を尋ねた答えがこれだ。僕達は考えた。話し合った。悩んだ。
 曾祖母は、働き者である。境内の草むしり、畑の野菜や山菜の下拵え等、自分にできることを探して体を動かしている。腰が曲がり、耳が遠くなっても、ボケてはいない。壇家さんを相手に真剣に話をする。「まだ若いんだから頑張れ。」と百歳が八十歳や九十歳を励ます姿は圧巻だ。
 しかし、いざ宇宙旅行となれば、不安な材料は山ほどある。宇宙や月面の生活に、曾祖母の体が馴染むかどうか。ホームシックで泣き出したりしないだろうか。月ベースホテルで老人向けの純和風食事が、三食用意できるとは限らない・・・・・・。
 最も心配なのは、地球の大気圏を脱出する際のGだった。地球内のジェット機離陸でも僕でさえ、気分が悪くなったり、頭がフラフラしたりすることがある。エアラインやベースホテルに、医師が常勤してくれているのだろうか・・・・・・。
思い余って、僕達は曾祖母の掛かり付けの医師K先生に相談してみた。顎に手を当て、カルテに目を落とすと、先生は、ずいぶん長い間考えていた。
 「何事も、百パーセント保証できるということはありません。ただ、今、私がお伝えできる内容は、彼女が健康体で、心肺機能が正常であるということです。六十代の私の心臓より、ひいばあちゃんの心臓の方がよっぽど丈夫ですよ。アハハハ。」
 ドクター・Kは、眼鏡を人差し指で押し上げ、話し続けた。
 「ひいばあちゃんは、幸せですねぇ。家族みんなに大切に思われて・・・・・・。」

 シートベルト着用サインが、赤く光った。躰全体にロケットエンジンの振動が伝わってくる。
 ひいばあちゃん、一緒に月面散歩をしようよ。愛車のシルバーカーを押しながら、青く輝く地球を眺めよう。大切なのは、どう生きるかなんだよね。月の引力は、地球の六分の一なんだって。八十二度に曲がった腰も、少しは楽になるよ。ひいばあちゃんの土産話をみんなが楽しみにまっているんだから。


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