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8年度開催結果


1996年 作文の部<中学生部門>入賞作品
宇宙開発事業団理事長賞

「火星トレーニング」
岐阜市立本荘中学校2年  坂井 野々
 
 私は、火星へ行く。
 なぜなら、それが実現することを私は知っているからだ。

 参考書をパラパラとめくった先に、偶然、それはあった。・火星。表面温度、マイナス二十三度。主成分が二酸化炭素である大気は薄い。表面は赤茶けた岩ばかりの岩圏・。
「ああ。」
 私は知らず知らずのうちに、吐息ともつかぬ声を出した。目は、そのページの火星の写真に釘付けになった。…こんな赤があったなんて!
 そこにはおおよそすべての赤が揃っていた。黒い赤、白い赤、そしてその中間には、はっとするような美しい色も。そしてそこに、何か見えた。何か、黒い豆粒のようなもの…。
 その刹那、私は異次元を通過したような錯覚に陥った。
 作業ロボットが丸太小屋を組み立てている工事現場。瞬間、火星の赤い空気の中でそれを見たかと思うと、次はロケットの発射のシーン。中にあるものは、木材?…。
 かすかな尾を引きながら、その幻は消えた。
 その時だ。私は目の前にいる、もう一人の私に気がついた。その私は、呆然とする私に語りかける。
 いいかい、今、火星では、スポーツセンターができようとしている。それは、研究室を兼ねた宿泊所みたいな施設だ。ここで、火星トレーニングが行われることになるんだ。
 火星トレーニングというのは、いわゆる高地トレーニングのようなものだ。水泳、長距離の選手や登山家などがそれでトレーニングをする。空気の薄い火星上で生活すると、酸素を摂取、運搬する赤血球の量が増える。それによって水泳や長距離の競技は有利に運ぶことができるし、登山家は遭難の危険性を低くするということができるわけだ。

「分かったかな。」
と、もう一人の私はひと息ついて、目を閉じた。そしてまた、こう続けた。

 二酸化炭素ばかりの火星の大気を酸素に変えるのには、とても骨を折った。しかし、検討の末、「植物の光合成を利用する」という方法がとられることになったんだ。
 まず、植物は寒冷地でも生きていられるものを選ばなければならない。それには、わずかなコケ類と針葉樹類が採用された。これなら、火星のマイナス二十三度の所でも大丈夫だろう。そしてそれらに与える水は、地下かんがい設備によって運ばれる。もしも、その水を地表に出してしまうと、水はたちまち氷に変わってしまう。こうして地下かんがい設備をつくり、根に直接水分を与えることによって、植物は生き、火星には酸素が満ちることになるのだ。なかなかいい方法だろう?
 でも、まだ寒さの問題があるんだ。これについては、今のところ内側にカイロがベタベタ貼ってある上着を着ることによって、何とかしのいでいる。だけど、これでは不便なので、研究室は今、もっと画期的な方法を検討しているんだよ。
 もちろん、今建設中のスポーツセンターは、暖房設備がある。壁も外の冷気を伝わらせないように、熱に鈍い木材を使っている。
 実験として先日、エベレストの登山チームが火星トレーニングを体験してみた。彼らの話によると、初めたばかりの頃は、ゆっくり歩くだけでも息切れがするそうだ。しかし二週間もたつと、一キロメートルほどのジョギングができるようになるらしい。要するに、効果てきめんというわけだ。
 このスポーツセンターは、もう間もなく完成する。だから今度のオリンピックは、きっと今まで以上の熾烈な戦いが見られるだろうね。なにしろ、火星で鍛えた選手たちだもの。

 未来の私はそう話し終えると、ニヤリと笑った。いや、私自身が笑ったのかもしれない。
 するとその時、もう一人の私の顔はぼやけた。そして私は、また例の気の遠くなるような感じに襲われた。
 気がつくとそこは、私の部屋。目の前には、さっき見ていた火星の写真があった。
 私はその写真に向かって、小さく呟いた。
「あなたは、そのうちもっと近くなるよ。」

 はるか遠くでは、火星ともう一人の私が笑っていた。


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